2018/8/2

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一期一会’のいい舞台~ブルガリア国立歌劇場のトゥーランドット 前半

著述家・プロデューサーの湯山玲子氏による、トゥーランドット公演レポートぜひご覧ください!
ブルガリアの首都であるソフィアは、都市と言うよりも小さい街のようだ。中心地から2キロ四方にそのメインは集約されていて、全て自転車で回れるし、歩くこともできる。そして、ブルガリア国立歌劇場が位置するのは、街の東側。中央の重厚な官庁の建物群の一角ではなく、ケバブカフェや雑貨屋があるような庶民的なエリア。ウィーンのフォルクスオパーに近い立地である。大型ビルに、ギリシャのイオニア式の門柱が連なるエントランスが付けられているのは、その建物がかつては政府官公庁の建物だったためだ。しかし、内部は2階席3階席が縦に連なる典型的なオペラ建築。パリ・オペラ座では、シャガールの手になる天井画が有名だが、こちらの劇場では青空を描いたシンプルなもの。キャパは1200人ぐらいでこじんまりしているが、舞台はホリゾントの裏にもうひとつ舞台を入れたぐらいの奥行きがあり、舞台の真横に貴賓席のようなバルコニーがあるのも特徴的。

そして、「すぐ近くに音が(在る)感じ」である海外のオペラ劇場独特の音響は、もちろんこちらでも健在。日本で体験できる音楽ホールでのオペラ公演とは本当に印象が違うこの音の響きをどうやって説明したらいいだろうか。音が大きく豊かに丸く響き、歌が際立って聞こえてくる。現代のホールのように、音響の科学的な計算があったわけではないが、そういった各都市の空間で歴史とともに鍛えられて来たのがクラシックの生音なのだ。たとえば、私たちが聴くラジオは、特別な音処理をしているので「ラジオ的」な響きがあって、それが70年代のロックを聴く時に素晴らしくカッコよく聞こえるのだが、それに近いかも。ちなみに、声が前に来る感じは、蓄音機のそれにも似ている。

客層などを見ると、社交界的な側面よりも、地元のファンにしっかりと支えられているような骨太さが感じられる。幕間に外に出ると、道をはさんだ向かい側に小さいコーヒースタンドがあり、そこにドレスアップしたご婦人がアペロールのソーダ割り(ヨーロッパの人々は本当にこの飲料が好きだ)を飲んでいる光景は、なかなか趣がある。かつての歌舞伎座では、幕間に外に出て横にある立ち食いソバを食べるのがツウ、とされていたが、まさにそれを髣髴。『カルメン』で隣に座った20代の男の子は、ほとんど全てのここでのオペラをチェックしているといい、彼の「歌手を贔屓にする」感覚は、イタリアを初めとした地域密着型の劇場ならではものであった。で、そのオペラ男子が「この劇場の十八番ですよ!!!」と力説したのが、2日目の『トゥーランドットTurandot』だ。「西欧が思い描くいにしえの中国」を舞台にしたプッチーニ最後の傑作オペラに関しての、ブルガリア国立歌劇場の演出、舞台美術は、前の『カルメン』とは打って変わって、オーソドックスなしつらえ。とはいえ、その衣装や舞台美術のセンスは、トゥーランドット姫が綿帽子のようなかぶり物を被っていたり、勇者カラフが色鮮やかなローブを纏う、というような、シルクの国中国という、女性的なファンタジー方向ではなく、青竜刀や青銅器文明を感じさせる重厚なもの。トゥーランドット姫の沈金の冠やカラフや兵士たちの衣装にあしらわれる鈍色の装束は、古くから銅や金を用い、素晴らしい宝飾品や武器をつくり出してきたブルガリアの文化と一気通貫しており、西洋と東洋という分け方ではない、ユーラシア大陸としての共通項が感じられたのだ。

後半へ続く・・・

<湯山玲子>
日本大学芸術学部文芸学科非常勤講師。自らが寿司を握るユニット「美人寿司」、クラシックを爆音で聴く「爆音クラシック(通称・爆クラ)」を主宰するなど多彩に活動。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッションなど、カルチャー界全般を牽引する。著書に『クラブカルチャー』(毎日新聞社)、『四十路越え!』(角川文庫)、『女装する女』(新潮新書)、『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『ベルばら手帖』(マガジンハウス)、『快楽上等!』(上野千鶴子さんとの共著。幻冬舎)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(KADOKAWA)などがある。
湯山玲子公式サイト:http://yuyamareiko.blogspot.com/

<ブルガリア国立歌劇場>
10月5日(金) 18:30 「カルメン」
10月6日(土) 15:00 「カルメン」
10月8日(月・祝) 15:00 「トゥーランドット」
公演詳細はこちらから

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