2016/11/11

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【インタビューその2】キット・アームストロング

・・・・インタビューその1はこちら

Q : キットさんご自身はオルガンもお弾きになりますか?
はい。実は8月にオルガンでのパフォーマンスを行っています。これについてはみなさんにあまり情報が渡っていないかもしれませんね。ドイツ南西のトリーア(Trier)という町の、聖コンスタンティン教会にある、素晴らしいオルガンを使ってのリサイタルでした。1800年も前の、ローマ時代の遺跡が残る町です。教会のオルガンは最近のものですが、教会建築は壮観でしたよ。現存するローマ建築として、もっとも高い天蓋をもつそうです。設置されているパイプオルガンには約100
種の音栓(レジスター)があります。この夏にそれを弾きました。

Q : キットさんが今回バードの作品を組み入れられたのは、ご自身が過去の音楽についてずっと継続的な研究をされていて、その流れで必然的にいま、これだ、と思われたからなのですね。
その通りです。もちろん、発端は「おもしろいな」という単純なものでした。でも、そうやって取りかかった音楽に対し「これは、ただ『おもしろい』だけではいけないな、と思い始め、高い表現形式があるとわかり、古典のレパートリーの中でしっかりとした存在となっているものだと確信しました。
あらゆるものは、インターコネクション(相互関係性)で繋がっています。たとえば骨董品を目にしたときに、まずは見た目で「これは、きれいだな」と感じますよね。そのような感心は、同時に優れた芸術作品を理解する精神作用でもありえます。ひとつの作品は、もちろん、それそのものを評価対象にできますが、またその背後にある歴史・つながりを、想起させてくれます。

Q : バードの楽曲にくわえ、今回リストのピアノ・ソナタも聴かせてくださいますね。2015年にもリストの作品を3曲弾いてくださいましたが、お好きな作曲家なのでしょうか?
その質問に答えるのはとても難しいのですが、あえて説明すると、リストは、私にとって、親しみの持てる作曲家です。なぜかと言いますと、私がリストに認めているひとつの大きな価値、それが彼の書く主題(テーマ)にあります。彼の主題中では、ほんのわずかな音符のなかに、感情が凝縮され、ときに「圧縮」されるようなことがあります。それができる作曲家はわずかしかいません。リストの書くメロディーを聴くと、たちまち、スリルを感じます。心の震えそのものです。彼の、とくにオーケストラ用の大作を聴くとき特にそう感じますね。後期作品のオラトリオなどです。遠近法のような力でこちらの心をぐいぐいと引っ張り、ひとつの主題を感得させます。彼のその手腕を私たちはしっかり評価すべきです。多くの場合、リストの音楽はその展開が面白い、と・・・つまり、むしろ主題を変化させての性格付けに長けていると言われますが、彼は、いま申し上げたその両方のことを同時にできる作曲家で、彼の傑作と言われる作品はみなそうなっています。たとえばソナタであり、また、意欲的にすべてを試みしかも成功した作品が、彼の「オルガン・ファンタジー」です。

Q : モーツァルトについてはいかがでしょうか?私たちにモーツァルトを聴かせてくださるのは今回が初めてですね?
はい。ここ数年、ドイツなどでかなりモーツァルトを弾いているのです。ちょうど先月は、いくつかの異なる室内楽団と一緒にツアーをしまして、カメラータ・ザルツブルク(Camerata Salzburg)、アカデミー室内管弦楽団(The Chamber Ensemble of Academy of St. Martin in the Field)、バーゼル室内管弦楽団(Kammerorcheter Basel)などと、モーツァルトのコンチェルトを演奏したばかりです。モーツァルトは、究極の感情や情動を表す作曲家だと思うのですが、私は、いまの時代だからこそ、彼について的を得た評価ができるのでは、と思うのです。過去にモーツァルトに向けられた評価、そしてポスト・ロマン主義的アプローチを経た今、この作曲家の真価がより見えてきているのではないだろうか、と。果たして彼は、音符の表層にあるものから掘り下げて、どのくらいまで音の「個性」=「パーソナリティ」を追求できていたか、という点に関してです。ここで私が言いたいパーソナリティとは、音楽そのものの非常に深い個性であって、単なる感情的表現とはやや違うのです。モーツァルトはまずなにかを感じ、突き詰め、普通なら「もうたくさんだ」と感じる限界を超えても、その感覚を保持できたのだろう、と。それは、モーツァルトに関してしばしば言われるところの、おそらくは万能の天才児のもつ感覚であって、他の芸術家ならば対象物をすでに手放すような段階でも、モーツァルトはそこに洗練を重ねられたのではないだろうか、と。モーツァルト作品を弾き込み、そのような点がより明確になってきています。その典雅な味わい。彼の楽曲は本質的なところで心の緊密さを求めるもののように感じます。私にとって、「なにか、この人について述べたい」と思わせる作曲家です。非常に長く親しんでいる作曲家で、音楽を始めたばかりの頃まさにモーツァルトに触れ、「人生を音楽に捧げてもいい」ということを納得させてくれた作曲家が彼だったからです。

Q:音楽を始めたばかりのころ、といいますと、まだ小さいころですね?何才ぐらいでしたか?また、具体的にどの楽曲に影響されたのでしょうか?
はじめてモーツァルト作品を知ったのは5~6歳の頃です。そしてその頃の自分が一番興味を惹かれたのは、彼の交響曲でした。

Q:作曲にも力を入れておられますが、いつ、どのように書くのですか?現在、キットさんは非常にお忙しいと思いますが、いつ作曲されているのでしょう?
なかなか忙しいので、まずは作曲のための時間を作るよう最大限努力しています。アイディアが浮かんだときすぐに書ける状況とは限りませんね。ですが、とにかく今日までの作業では、浮かんだ音楽を頭で記憶しておくことに困難を感じたことはないのです。覚えておいて、それを譜面に書ける状況になったときに、書き記します。
ちなみに、第1作目の曲は6歳のときの作品で、にわとり(チキン)をテーマにした「チキン・ソナタ」という曲です。いまでもちゃんと覚えていますよ。

Q:ピアノの演奏活動と、作曲のお仕事は、どのようにバランスを考えていますか?
作曲はとても大事に考えています。少なくとも自分のなかでは、とても高い意識で行っていますし、熱意もあるのです。演奏することについては、むしろ「自分はこうしてゆくべきだ」というような枠を作りません。他の演奏家のみなさんは、おそらくもっと自意識があるかと思いますが、私は演奏者としての自分のスタンスを、美術館のキュレーターのような立場と思っています。過去の芸術作品の傑作をみつめ、どのようなコミュニケーション手法をもってすれば、それを観るみなさんの理解が深まるだろうか、と、そればかり考えているのです。しかし、作曲をする場合は、自分が創作者になります。解釈者として演ずる役割と、自分を表す役割が重なります。演奏の領域でしっかりと独自の表現方法を確立した音楽家・・例えばグレン・グールドのような人物たちもいますが、自分がそういう演奏家になりたいか?というと、それは自分でもわからないのです。でも、もし私が、自分を表現することを真に望むなら、作曲家には「なりたい」と感じますね。そして、自分以外の作曲家の作品を演奏する場合には、過去からの継承物を受け渡しているのだ、と感じるのです。

Q:お話を伺いながら、前回の来日の時よりいっそう新鮮なマインドを感じさせていただきました。
来日の時には、前回とは違う姿を見せてくださいますね。

私自身は、いつもおなじ人間ですけれどね(笑)、なにかを感じ取っていただければ。
皆様との再会を、楽しみにしております。

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衝撃の日本デビューから1年。キットが紡ぐ、心に染み入る音楽絵巻
キット・アームストロング ピアノ・リサイタル

2017年1月23日(月) 19:00 浜離宮朝日ホール

詳しい公演情報はこちらから


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