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ミハイル・プレトニョフ ミラノ公演レポート

 2016年1月12月、久々のプレトニョフのピアノ・リサイタルを聴くことができた。ミラノでのリサイタルはおそらく2004年以来だろう。



 主催は150年以上の伝統を誇るクヮルテット音楽協会。1864年、イタリアオペラ隆盛の最中、器楽曲の鑑賞の機会の乏しさを憂いた楽譜出版社リコルディ社のティート・リコルディの呼びかけで創立されたという鑑賞団体。ベートーベンの『第九』のイタリア初演もこの音楽協会によるベートーベン交響曲全曲演奏シリーズのおかげでウィーン初演に約半世紀遅れて実現されたのだそうだ。
 この音楽協会の今シーズンのピアノ・シリーズは稀に見る巨匠揃いとなっていて、1月のプレトニョフのリサイタルを皮切りに、2月はマリア・ジョアン・ピレシュ、3月がマレイ・ペライア、4月にはクリスチャン・ツィメルマン、アンドラ―シュ・シフ、5月は内田光子と、錚々たる顔ぶれ。
プログラムは
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ イ短調 BWV.543(F.リスト編曲)
 E. グリーグ:ピアノ・ソナタ ホ短調 Op.7
 E. グリーグ:ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラードト Op.24
 W.A.モーツァルト:ソナタK311 、K457、K533/494
といささか珍しく、贅沢なもの。
 会場の“ジュゼッペ・ヴェルディ“ミラノ音楽院ホールはほぼ満員に近く、意外なほど若い聴衆も多く、 開演前からほのかな熱気がある。
 舞台に照明が入るとプレトニョフは殊の外ゆっくりしなやかにカワイのSK-EXに進んでいく。まるでもう彼の音楽が始まっているかのようだ。



 バッハの前奏曲とフーガは非常に滑らかで、強烈にコントロールされた澄んだ音がとても美しく、フォルテの低音もがっしりと響き、濁りなど微塵もない気品に溢れた演奏。一瞬テンポの動きと切れ味がリストを越えてずっと現代的に聴こえ、フェッルッチヨ・ブゾーニを思わせたりもする。
 構造美へのリスペクトはグリーグの第一楽章でも感じられた。だが、グリーグの第二楽章からは立ちのぼってくるような熱い歌心と踊りへの衝動をまるで霧と霞、淡い光を介して綴っていくかのように、光の濃淡、湿度、光の速さ、タッチを刻一刻と変化させながら歌っていく。圧倒的な光の制御で、きらびやかなストレートな音が一切なく、抑え気味に静かに洩らされる深い詩情は、デリケートで切ないほど。それはグリーグのバラードまで一貫されており、夢の世界に入らせてもらったかのような静寂に似た特別な親密感が漂い、これぞライブでしか味わうことのできない濃密で微妙なニュアンスとコミュニケーションと、悦に入ってしまう。
 実際には今夜は後半のモーツァルトの演奏をお目当てに来ていた聴衆が多いようで、休憩中の観客談話やドイツ・グラモフォンの特設CD販売コーナーでのやりとりでも、モーツァルトに話題が集まっていた。なかなか落ち着かないイタリアの聴衆もさすがに後半はキーンとした張り詰めた集中力で聴き入っている。 ため息が出るほどの完璧なテニクックと軽やかなタッチ、澄みきった音、様式美と緻密さの中に、憂いと哀感の滴を落としていく。聴衆は完璧にプレトニョフと一緒に呼吸をしているかのようであった。
 100分以上にも渡る演奏のあと、ほんわり安堵の表情を覗かせたかと思うや、リストに戻って叙情溢れ輝かしいばかりの「愛の夢」を贈ってリサイタルを締めくくってくれたのは、なんとも心憎い計らいであった。




文:荒川いずみ(ミラノ在住)

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ミハイル・プレトニョフ リサイタル&コンチェルト
<<協奏曲の夕べ>>
2016年07月01日(金) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
<<リサイタルの夕べ>>
2016年07月06日(水) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール


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