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ジャパン・アーツ社員、公演会場での防災研修[CSR活動報告]


 2012年9月19日、上野の東京文化会館において、当社社員は防災研修を受けました。
災害はいつ、どのように起こるかわかりません。
 公演会場にはたくさんのお客様、アーティスト、スタッフがおり、万が一のときどのように行動し、連絡を取り合い、安全に落ち着いて対処できるかの研修を東京文化会館の方々のご協力を得て行いました。避難経路も実際に歩いて確認しました。安心してお客様が公演を鑑賞できるよう、社員一同真剣に取り組んでおります。
 このような研修は、今年2月には東京オペラシティコンサートホール、6月にはサントリーホールにて行っております。
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大谷康子 「ありがとう」を音楽に乗せて [CSR活動報告]


 2011年9月ヴィオリニストの大谷康子が発起人の1人となって、「“ありがとう”を音楽に載せて」というコンサートが9月27日、六本木の国際文化会館で開かれました。
 当日は、東日本大震災への各国の国際救援に対して感謝の気持ちを音楽で表すために、日本を支援してくれた世界中の国々の中から、救助隊を派遣してくれた30あまりの国や国際機関、在日大使館等を招待して行われました。
 大谷は「日本人は国際社会との絆も大事にするべきという思いが募り、言いだしっぺになりました。 その手段として音楽があります。 音楽は主義主張を越え、国という壁を取り払うことが出来ます。コンサートを通じて感謝の気持ちを伝えたい。」と挨拶をしました。
 演奏は「ありがとう」を皆様に伝えることができました。


挨拶をする大谷康子


人々の間を縫っての演奏
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曽我大介“Kibou”プロジェクト [CSR活動報告]

 曽我大介は東日本大震災後、被災者のためにレクイエム“Kibou”を作曲しました。
 レクイエム“Kibou”は、メゾ・ソプラノ、合唱、オーケストラのための“Libera Me”という曲に発展し、2012年1月にルーマニアのブカレストで初演されました。その後、ウィーン、ブラジル、日本の各地にて演奏が行われています。
 レクイエム“Kibou”は7分くらいの曲ですが、いろいろな楽器編成で演奏できるように、いろいろなパターンの楽譜を作成し、誰でもが自由に使えるようにネットに載せています。この震災を忘れることなく、いろいろな人がいろいろな場所で、この曲を演奏してくれたらという曽我大介の思いです。
http://www.soga.jp/kibou/

 また曽我は“Kibou”音楽プロジェクトを立ち上げ、被災地の小学校に楽器を贈っています。
 贈られた楽器の種類は多岐にわたっています。 楽器を手にして無邪気に演奏してみる子供たちの姿を見ると、このような無垢の音楽への歓びが将来につながって欲しいなとつくづく感じたと、曽我さんは語っていました。

贈られた楽器の数々。


贈呈式で6年生からお礼の言葉をうけました。
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千住真理子 岩手県の被災地を訪問 [CSR活動報告]

 9月12日から13日にかけて、千住真理子は岩手県の宮古市・陸前高田市・大船渡市の被災地を巡りました。
 宮古市立津軽石中学校は、今年3月に行った東日本大震災支援チャリティコンサート~クラシック・エイドVol.2において、集まった募金で電子ピアノを寄贈したところです。 
千住真理子と伴奏の丸山滋ともに、3月のチャリティコンサートに出演しており、寄贈先の中学校体育館で全校生徒が集まる中、電子ピアノを使用して演奏をしました。
また、学校側からは、生徒全員で「夢の世界を」を合唱し、生徒さんの代表からお礼のことばをいただきました。

宮古市立津軽石中学校で、「G線上のアリア」他を演奏


全校生で「夢の世界を」を合唱

 約1年ぶりに訪れた陸前高田では、がれきや、流されてしまって基礎しか残っていない建物を覆い隠すように雑草が生い茂っていて、一面草原のようなさまに、いまだ復興の兆しすらみえていません。
 大船渡保育園は山の途中にあり、足元まで津波が押し寄せ危機一髪で助かった場所です。津波が来たとき、山へ逃げろという声を背に、身内を助けに戻ったり、遅れて走ってくる親を待つ子供は皆助かりませんでした。助かった園児たちも、「家族と一緒に逃げられなかった、、、」と、先の見えない不自由な仮設住宅の生活のなかで、苦しみや悲しみを心に秘めて、健気にふるまっていました。作曲家である兄の千住明は大船渡保育園の園児たちのために震災後、園歌を作曲することを約束しました。 その場所に、今回千住真理子は訪れて、「アベマリア」や日本の歌などを演奏しました。そして園児たちは、兄の明が作曲した園歌「坂道をのぼって あの雲をつかもう」と高らかに歌いました。
 「坂道を登って~」と何度も何度も繰り返すかわいい声に、この子達は今度津波が来たら、迷わず懸命に坂道を登るに違いない、と思うと千住真理子も訪れたスタッフたちも涙が止まりませんでした。

「坂道を登って~100年後の子供たちへ」チラシ

 県立大船渡病院は、災害拠点病院となったところで、千住真理子が慰問に訪れたときには、外来、入院患者、地元住人の方々200名が待合室に集まりました。
千住明が編曲した「浜辺の歌」の演奏の際には、「傷ついた東北の美しい浜辺を思い出しながら弾いて欲しい」という編曲者の言葉を紹介し、優しい音色で会場の人々を包み込みました。
 演奏後千住真理子は、皆さんからの熱い拍手に、「心から音楽を受け止めてくださり胸があつくなりました。」と語っていました。
 他に、宮古市末広町商店街交流施設「りすあ亭」、陸前高田市コミュニティーセンター、陸前高田市慈恩寺を訪ねました。被災地ビジットは今後も続きます。
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舘野泉と小学生[CSR活動報告]

 2012年3月福島県南相馬市立第三小学校では、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から、徐々に学校生活を元に取り戻しているところでした。南相馬市民文化会館の名誉館長である舘野泉が橋渡しをして、昭和音大が小学校にグランドピアノを寄付することになり、舘野泉の申し入れで、ピアノのお披露目コンサートを行いました。演奏後には小学生ひとりひとりの質問に、丁寧に答えていました。
 70歳を越える舘野泉と、子供たちは音楽によって、心がつながっているようでした。


*子供たちから寄せられたたくさんのメッセージからご紹介します。
4年生男子:左手だけでも、左手だけでひいている音には聞こえなくて、きれいな音でした。先生は努力をいっぱいしたとおもいました。
5年生女子:舘野先生は質問コーナーのとき、とても難しい質問でもちゃんと答えてくれました。すごくわかりやすかったです。私も舘野先生のように夢をもってあきらめないでがんばろうと思いました。

 このほかにも、たくさんの学校訪問をいままでに行っていますが、2007年には母校である緑ヶ丘小学校開校70周年記念コンサートで演奏しました。

こどもたちに接する舘野泉の笑顔が印象的です。