ニーベルング族のアルベリヒは、ライン河底から黄金を強奪し、世界支配の魔力を備えた指環を作り、一族の王となった。同じく支配欲に燃える天上の神ヴォータンは、暴力をもってそれを奪い取る。こうして、両者の間に指環をめぐる激烈な争いが開始された。激怒したアルベリヒはその指環に呪いをかける。指環はふとしたことから巨人ファーフナーの手に、次いで若き人間の英雄ジークフリートの手にわたるが、指環にまつわる呪いは、その持主を次々と破滅に追いやっていく。恐るべき指環がもし再び悪辣なアルベリヒの手に戻れば、世界中が彼の支配下に奴隷となるだろう。彼の策略は次第に功を奏しはじめ、いまや指環奪回は時間の問題と思われた
。
ゲルマンの神話と中世のニーベルンゲン伝説をもとにしたワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」は、「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の4部作からなる、上演にほぼ14時間、4夜を要する超大作である。物語の雄大さ、スペクタクル的要素の豊富な舞台、壮大無類の音楽など、尽きせぬ魅力にあふれる。今日では世界の大歌劇場がステイタス・シンボルとして、競って上演する作品となっているほどだ。
ワーグナーに強い愛着をもつワレリー・ゲルギエフもまた、かねてからこの4部作上演に熱意を燃やしていた。その彼が、サンクトペテルブルクのマリンスキー劇場で「指環」を初めて連続上演したのは、2003年6月の「白夜祭」でのこと。気心知れた美術家ゲオルギー・ツィーピンの幻想的な舞台装置とともに幕を開けたこの「マリンスキー・リング」は、実に個性的なプロダクションで、観客の目を奪った。舞台には、高さ10メートルにも及ぶ数体の奇怪な巨像が屹立、また高さ1メートルほどの地蔵にも似た何十体という像が、目を伏せ、うなだれるように並んでいる。これらが刻々と変化する照明により千変万化の様相を呈し、炎のような、あるいは冷たい色に照らされ、時に威圧的な魔神や亡霊のような、時に不気味な廃墟のような姿に変わる。これほど強烈な色彩の変化で全体を押し切った「指環」の舞台は、例がないだろう。それは論理的というよりも感覚的で幻想的で、ポップ・アート的な発想の飛躍を感じさせる舞台である。
「最近のドイツの歌劇場によくあるような哲学的で理屈っぽい舞台は、私は真似したくありませんでした」とゲルギエフは明言する。「ロシアの、しかも私たちマリンスキー劇場が制作するなら、全く独自のスタイルがあっていいはずです。そこでまず私は、私の先祖にあたるスキタイ民族の後裔オセチアのナルタの神話をヒントにしてみました。コーカサス地方には、あのような像が今でも残っているのです。しかしこの舞台は、特定の国や地方を描いたわけではない。しいて言えば、衣装などを含めここには、シベリアからアフリカまで
それこそあらゆる要素が入っています。この上演で最も重要なのは、演出よりも、衣装を含めた舞台美術と、それに照明なのです」。
この「マリンスキー・リング」に私も何度か接する機会があったが、当初はやや実験的な趣もあった舞台が、回を重ねるに従い整備され凝縮され、あるいは変貌していくのを感じることができた。さらに楽しみなのは、ゲルギエフとマリンスキー劇場のオーケストラの演奏である。特にドイツのバーデン・バーデン歌劇場への引越公演で聴いた「ジークフリート」終幕での、ピットの中から柔らかく沸騰しあふれ出てくるような弦楽器群の響きは、信じがたいほどの叙情的な美しさにあふれていた。私はあれほど豊麗なワーグナーの音色をかつて聴いたことがない。
(東条碩夫=音楽評論) |