アントニオ・ガデス舞踊団、継続!―量り知れぬその意義を思う
濱田滋郎
2004年7月20日。スペイン舞踊、フラメンコ舞踊を愛するすべての人々にとって、この日付けはこの上なく悲しいものとなってしまった。アントニオ・ガデスが、マドリードの病院で、68年の生涯を閉じた日であるのだから。
『カルメン』『血の婚礼』『炎』『アンダルシアの嵐』『フラメンコ組曲』…かつて日本でも繰返された公演、あるいは名匠カルロス・サウラ監督と組んでのそれらの映画化を通じて、ガデスの名声は、ジャンルの枠を大きく超えたものにまでなっていた。
ガデスを偲ぶ者たちにとって、彼はまず比類のない個性を具えた舞踊手である。スペインでは一般的なバレエあるいはクラシコ・エスパニョール(スペイン古典舞踊)の踊り手を「バイラリン」、フラメンコ舞踊の踊り手を「バイラオール」と呼んで区別するが、両者のいずれの場に立たせても、ガデスは個性に満ちみちた超一流の器であった。
そして、更に肝賢なことに、ガデスには演出家・振付師すなわち総合的な舞台芸術の創造者としての、これこそ画期的な才能と実行力があった。『カルメン』以下彼のすべての作品についていえることだが、彼は作品を隅々まで磨き上げ、舞台芸術として完璧な姿にまで仕上げた。幾度か直接彼と話し合う機会を私は持てたが、ある折、このように訊ねてみたことがある―「フラメンコは本来、その時々のアーティストの感興をもっとも大切にする、インプロヴィゼーションの芸術ですね。余りにもきっちりと設計された舞台が、その大切な即興性を奪ってしまう恐れはないのでしょうか?」と。するとガデスは眼光をいっそう鋭くして、こう答えた―「あなた、ダ・ヴィンチの絵が一か所塗り替えられていたら、どう思いますか。ブラームスの交響曲で、スコアにないオーボエが入ってきたら、どう思いますか?私が創るのは、一字一句揺るがせにはできない芸術作品なのです」と。
以降、私がこの答を頭に置いてガデス作品を観るようになったのは確かである。すると却って、非常に重要なひとつのことが見えてきた。ガデスは、全体を緊密に設計しながら、その中でなお、アーティストそれぞれが十分に個性を発揮できるようなやり方で舞台を作っているのだ、と。同じスコアを用いながら、指揮者により、オーケストラにより、違った感動が生じてくる交響曲の世界と、確かにそれは相通ずる。名曲が幾百回演奏されても聴衆を飽かせないように、ガデスの舞台も観るたびに新たな感銘をもたらす。
上のように記せばおわかりであろう。アントニオ・ガデス舞踊団が復活、継承されることの意味は「名称だけ」が受継がれるであろう他の場合のそれと、根本から異なる。しかも、主要メンバーにはガデスのすべてを知る元団員たちが顔を揃える。足りないのは、そう、ガデス本人。「穴」を埋めるため白羽の矢を立てられたのはアドリアン・ガリアだ。いま40歳、自分の芸を信ずるこの真摯な舞踏家は、ガデスのまねはしないだろう。そして、だからこそ、ガデスの精神が再び輝くため、ひと役買うに違いない。 |
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| 最新コメント |
川村二郎さん(元『週刊朝日』編集長) new
アントニオ・ガデスの「血の婚礼」を見た時、地唄舞の武原はんが頭に浮かんだ。
抑制に抑制を重ねた末の美である。
それがどう磨かれたのか早く見たい。
想像するだけで、血が騒ぐ。
小島章司さん(フラメンコ舞踊家) new
不屈の精神で究極の舞台美の創造を達成したアントニオ・ガデス。
濃密な世界を構築した《血の婚礼》《カルメン》、コリオグラファーとしてダンサーとしてフラメンコ史を塗り替えた革新者の舞台に再会出来る日が近い。
小松原庸子さん(舞踊家) new
「血の婚礼」を初めて見た時の衝撃は今でも忘れない。
斬新な動き。研究され、デザインされた照明の美しさ。
ガデスは存在そのものが人を魅了するオーラに満ちていた。
彼のファン、友人として新生ガデス舞踊団の成功を心より祈っている。
濱田滋郎さん(音楽評論家) new
ガデス逝って─時代が去った・・・・・と思った私たちに届いた「舞踊団復活・存続」のニュースはたいへんに意義深い。
ガデスが創作・完成した舞台芸術は、フラメンコ舞踊の枠を超えた宝であり、いつまでも生き続けるべきなのだから。
パコ・デ・ルシア(ギタリスト) new
アントニオ・ガデスは、スペイン舞踊の歴史の中でも特に傑出した存在であった。
マエストロは、バイレ※を見事に発展させ、舞踊の新しい流派を確立させた。『カルメン』や『血の婚礼』は、ほかの作品と並んで舞踊の歴史における重要な遺産と言えよう。
我々スペインの文化の象徴とも言えるこれらの作品をアントニオ・ガデス舞踊団が再び上演する事を知り、感極まりない思いである。
※フラメンコ舞踊
森山未來さん(俳優) new
来年5月に舞台「血の婚礼」でレオナルド役を演じるので、今回の来日公演が楽しみです。さまざまな登場人物の思いや葛藤をフラメンコでどう表現しているか早く見たいですね。
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粟津則雄(文芸評論家)
アントニオ・ガデス舞踊団の舞台には、スペインの血の臭いが、スペインの大地の感触がしみとおっていた。後継者に引き継がれて新たな生命をえたその舞台に接しうるときいただけでよろこびが心に溢れるのである。
石田純一(俳優)
舞台からこんなに鼓動を感じるのは初めてだ。そして、フラメンコのリズムが加速していつしか舞踊団と気持ちがシンクロした時、アントニオ・ガデスに触れてしまった・・・。今までと違う自分を発見して、びっくりすることだろう。
逢坂 剛(作家)
死後まだ2年ほどしかたたないのに、ガデスはもう伝説の人になってしまった。しかし伝説のままにしておいてはいけない。その意味でもガデス舞踊団の復活は、ファンにとって朗報である。
観世榮夫(能楽師・演出家)
アントニオ・ガデスの遺志を継いで、無駄をはぶいた精神性の高い舞台を創りあげている舞踊団の来日公演に期待しています。
草刈民代(バレリーナ)
クラシック・バレエとは全く異なる情熱的な踊りに魅了されます。スペインを生で感じられるガデス舞踊団のステージ、とても期待しています。
黒谷友香(女優)
ジャンルは違いますが、映画でベリー・ダンスを踊る経験をさせていただき、人間の持つ情感を肉体で表現することの素晴らしさを体感しました。ぜひ、この機会にフラメンコの熱を肌で感じてみたいです。
(推薦文は五十音順) |
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「カルメン」(メリメ作) 世界中で、そして日本で絶賛!ガデス不朽の名作
ガデスの舞台版「カルメン」は彼が主役を演じた映画「カルメン」(カルロス・サウラ監督/カンヌ映画祭最優秀芸術貢献賞)とは発想が異なっている。情熱的なジプシー女カルメンをめぐって竜騎兵隊の伍長ドン・ホセと闘牛士エスカミーリョとが繰り広げる物語は息をもつかせぬ迫力で一気にクライマックスへと登りつめる。光りと影とは巧みに扱われ、生のフラメンコ・ギターと歌、ビゼーのオペラ「カルメン」の音楽が、静寂と対比される。
この、普遍的で不滅のドラマは本質的なテーマに満ちているので、何度見ても新鮮である。フラメンコを超えて世界中の舞踊、演劇、映
画など様々な分野に衝撃を与え続けてきた。
「血の婚礼」(ロルカ作) ガデスの名を歴史に残した記念碑的作品
スペインの天才詩人・劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカはガデスが生まれた年に、若くしてファシストによって暗殺された。「血の婚礼」はロルカの3大悲劇の一つで、宿命的な愛と死がテーマである。カルロス・サウラ監督によって映画化され、以後サウラとの共同作業により「カルメン」、「恋は魔術師」へと続く。
妻も赤ん坊もある男レオナルドは、かつて愛した娘がどうしても忘れられない。その娘が花嫁になると知った男は婚礼の席から彼女を誘い出して一緒に逃げる。それを追ってくる新郎との決闘。ガデスは極限まで無駄を省き、解りやすく、また絵画のように美しい「能」のような世界を作り上げた。作品の完成までに10年以上を要している。
最後の見せ場、緊張の極みとも言える決闘のシーンはスローモーションで演じられる。音楽は「カルメン」にも増してスペイン色が濃厚で素晴らしい。
「フラメンコ組曲」フラメンコは観るべからず、ただ感ずべし。
フラメンコに浸ろうと思ったらストーリーは要らない。踊り、歌、ギターを、ただ心を開いて受け止めればよい。ここにはソレア、ファルーカ、サパテアード、セギリージャなど、フラメンコの代表的な形式が揃っている。しかも精鋭のガデス舞踊団で堪能できるのだから、贅沢である。「血の婚礼」との2本立てが日本に来るのは2回目、20年ぶりとなる。
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