あらすじ

ヴォータンが人間の女に産ませた兄妹ジークムントとジークリンデは、幼い時に離れ離れになり、妹は狩人フンディングの妻になっていた。ある夜再会した兄妹は激しい愛で結ばれる。女戦士軍ワルキューレもまたヴォータンと智の女神エルダの間の娘たちだが、その1人ブリュンヒルデは父の命に背いて、決闘で死んだジークムントの子を宿すジークリンデを巨人の森に逃がす。父の怒りに触れたブリュンヒルデは真の勇者のみが越えられる炎の輪の中で長い眠りにつく。

「ワルキューレ」
林田直樹 (音楽ジャーナリスト)
 

今回《ワルキューレ》の最大の目玉は、世界のスーパー・テノール、プラシド・ドミンゴがジークムント役を歌うことであろう。ドミンゴは 1990年代以降、実はワーグナーにこそ熱心に取り組んできた。なぜなら、年齢とともに厚みと深みを増してきた今のドミンゴの声を最も生かすことのできるレパートリーがワーグナーだからだ。中でもジークムント役はベルリンやウィーンでも実績を残してきた得意の役柄。ワーグナー・オペラの主人公に必要な要素、それは何よりも「神に選ばれた者だけが備えた特別なオーラ」だが、その点ドミンゴほどふさわしい歌手は他にいない。
一方、ブリュンヒルデ役を歌うデボラ・ポラスキもドイツ・オペラ界最高のドラマティック・ソプラノとして、ザルツブルクやバイロイトの重要なプロダクションで主役を任される旬の大スターだ。また、ヴォータン役を絶対の得意とするジェームズ・モリスの健在ぶりを確かめられるのも嬉しい。
他のキャストもぬかりない充実ぶりだ。ポラスキは、レヴァインの指揮の素晴らしさについて「威圧的な表情や身振りを一切見せず、歌手の声が好きでたまらない風な包容力あふれる指揮をするのです。これはとても大切なことで、おかげで歌手たちは萎縮せず、レヴァインに励まされながら、安心して張り切って歌うことができます」と話してくれた。こうしたレヴァインならではのチームワークの良さが、いまのメトの好調を支える要因なのだろう。
ところで、メトが来日公演で《ワルキューレ》を取り上げるのは今回が2度目。それほど定評ある自信のプロダクションなのだ。オットー・シェンク演出によるこの名舞台は神話世界が細部まで描き出された幻想的かつロマンティックなもので、いまや滅多にお目にかかれなくなったオーソドックスさが有難い。森や岩肌の神秘的な陰影に眼を凝らしながら、ワーグナーの重厚な響きに耳を傾ける相乗効果は、いまやメトでしか味わえない貴重な体験なのである。
上演に4夜を要する巨編《ニーベルングの指環》の2日目に位置し、燃え上がるような愛をテーマにした傑作《ワルキューレ》の正攻法による舞台に、久しぶりに再会できる日が楽しみである。

 
   
主催:テレビ東京/朝日新聞社/ジャパン・アーツ  
後援:アメリカ大使館

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