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中国河南省生まれ。6才より琵琶を始め、半年後公的に独奏し才能を知られる。上海音楽院にて琵琶及び作曲を専攻するとともに、伝統音楽理論と古琴を究め、毎年成績優秀者への奨学金を得る。1986年「上海の春」音楽祭にて演奏分野と自作《九連玉》による作曲分野で受賞。以来中国各地や台湾の主なコンクールで、演奏と作曲の最高賞を含む多くの賞を獲得。
1986年北京の中央民族楽団にソリストとして入団。98年まで同楽団での重要な活動に参加しつつ、並行して、台湾・香港・マカオ・北朝鮮・シンガポール・フィリピンといったアジア地域のみならず、イギリス・ドイツ・スウェーデン・ノールウェイ・オランダ・ベルギー・アメリカ各地でソロ活動とオーケストラや室内楽との競演を続けてきた。その間、毎週土曜日に北京在住の外国人対象に小スペースで行われている中国伝統音楽紹介コンサートなどで、演奏者・コメンテーターとして頻繁に出演。96年以来、北京の音楽拠点北京音楽庁(Beijing
Concert Hall)は、年数回、楊静のソロ・コンサートや彼女をリーダーとする人気抜群の民族弦楽四重奏団『郷梅静月』のコンサートを主催。99年11月、中国最大の第1回北京国際音楽祭では、『郷梅静月』が民族楽器を代表して北京音楽庁に超満員の聴衆を得て登場、各マスコミがこぞって報道、同内容のCD(三木の《水廻る》《夕影の詩》を含む)も発売される。楊静は、2000年12月にはスイスのジャズドラマーのピエール・ファーブルとの北京・上海で8回の即興セッションを、毎回異なった演奏でセンセーショナルに果たしCDも作成。2001年6月にはエルサレムでマックス・ローチ(ドラマー)やアーニー・ローレンス・ジャズバンドと共演、CD作成。
自作は上記《九連玉》のほか《品訴》、94年全国作曲賞一位獲得の《亀慈舞曲》などであったが、96年より作曲を三木稔に師事し、98年には文化庁「海外芸術家招聘研修」の資格を得て来日以来、《断夢敦煌》などの新作に、自在な編曲、そして《間欠泉Geyser》《お酒》といった即興演奏から生まれた作品等、活発な創作意欲を見せている。
86年以来ソロやコンチェルトの7枚のアルバム(途中よりCD)が中国・香港・台湾でリリースされているが、自作や三木の《江上流韻》《琵琶譚詩》《時の彩りI》を含むソロ曲目のみのCD『品訴』を98年に発売。03年には《お酒》《Wanting》《Lotus
Ballad》などの新作を含む10曲の自作品の楽譜とCD(『亀茲舞曲』とタイトルされている)、DVDが上海竜音公司より発売され、関連のコンサートもあって、楊静は本国で一挙に作品・演奏共に最高と認められるようになった。
世界各地の音楽祭には度々出演しているが、中国中央TV(CCCP)ほか上記海外各国でTVでの演奏も多く、また英語の達者な彼女のライヴ・インタヴューも海外各地で行われている。新聞・音楽誌での彼女の紹介記事も勿論多い。99年9月11日、BBC・PROMSのLast
Night Concertに民族楽器奏者として初の出演、BBCウエールズ交響楽団と演奏して大喝采を受ける。2000年春、米サンディエゴの各大学で英語によるレクチャーとコンサートを10日にわたって行い、サンフランシスコで即興のCD録音。6月には、三木稔オペラ第7作《源氏物語》の器楽ソリストとして、セントルイス・オペラ劇場にデビュー、オペラファンに鮮烈な印象を残し、多くの批評に絶賛を受ける。01年9月日生劇場での《源氏物語》日本初演でも同様。
97年の「上海の春」音楽祭で三木稔の琵琶独奏大曲《江上流韻》を世界初演以来、伝統曲・自作・三木作品をソロ・レパートリーの柱とするリサイタルが国際活動の中心となったが、日本での活動は、98年の銀座王子ホールを最初に、2001年3月の紀尾井ホールまでに日本各地で数十回のソロ・リサイタルを三木のトーク付で行っている。どのコンサートでもほとんど全ての聴衆が「非常によい」「期待以上」とアンケートに回答し、「血がサラリときれいになった」というような表現も含め、熱烈なファンが激増している。01年現在のレパートリーは、『シルクロードに沿って』『日本のメロディー』『琵琶組曲《源氏物語》』といったタイトルに伝統曲・自作・三木作品を織り込み、その音楽性・技術・舞台姿で、日本の聴衆の血を騒がせている。
コンチェルトは、「オーケストラ・アジア」の97年ツアーで三木の《琵琶協奏曲》のソリストとして日本デビュー。またその西洋オーケストラ版を99年1月25日サントリーホールにおける東京都交響楽団定期演奏会で初演(下記批評参照)、5回のアンコールを受けた。2000年9月には名古屋フィル、02年3月大阪センチュリー響、4月町田フィル(アマチュアオケ初演)と共演、03年3月北京で中国フィルと共演して圧倒的な中国初演を行なった。その後も各地で同協奏曲の演奏予定が続く。00年11月、読売日響依嘱の三木新作《大地の記憶》の初演に『アジアのソリストたち』の一人として登場、クルト・マズア指揮読売日響との競演でもサントリーホールや、みなとみらいホールに強い印象を残した。03年9月、日本作曲家協議会主催の「アジア音楽祭」で莫凡《長恨歌》を東京芸大オーケストラと共演して初演。11月ボストンでも同曲を演奏。
2002年4月「楊静と結アンサンブル」で初演した三木《東の弧》を持って、同メンバー(琵琶とVn,
Vc. Marimba=Percの四重奏)で5月大阪國際室内楽フェスタに参加、世界中からの126団体から選ばれて「フォルクロア特別賞」を受賞。7月、琵琶・尺八・筝のトリオによる「結アンサンブル」で香港・バリ島公演。10月、三木が主宰・芸術監督として発足した「アジア
アンサンブル」の中国側音楽監督となり、岡崎コロネット・ホールで最初のコンサートを開く。「アジア
アンサンブル」は03年9月〜10月には日本4都市で演奏。楊静は家族が03年夏よりスイスに移住、当然ヨーロッパでの活動が多くなるが、北京にスタジオを持ち、中国・日本で年間の半ば以上の公演を続けたいと意思を強めている。このあと日本でのコンチェルトやコンサートに付いては、このHPのコンサート情報を逐次参照されたい。
楊静は社会ボランティア活動をも積極的に行っている。例えば98年の中国大水害被害者救援のため、ピアニストと組んでCDを製作、その曲目によるチャリティーコンサートを中国各地・ロンドン・スイスで行い、そこでのCD売上を赤十字を通じて寄付した。01年11月にはニューヨークのテロ犠牲者へのチャリティーコンサートを三木と共に徳島・阿南で行い、NHKで全国に紹介された。
楊静はYang Jing(ヤンジン)が中国読みであるが、彼女は日本での芸名としてShizukaまたはシズカと呼ばれることを希望している。
楊静本人のホームページ(英語)は www.yangjingmusic.com
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