帝政ロシアの世紀末「銀の時代」のロマンの世界
―ラフマニノフとメトネル―
メトネル(1879−1951)はラフマニノフ(1880−1943)よりも7歳足らず若いが、同じモスクワ音楽院ピアノ科を、共に金メダルを得て卒業した超絶技巧のヴィルトゥオーゾ・ピアニストであった。いずれもがピアノ曲とピアノを伴う歌曲に独自の世界を展開した作曲家であり、帝政末期「銀の時代」のロシア貴族中産階級の美学を代表する作曲家と言えるだろう。彼らはロマン的な個人主義の世界を、繊細にそして感動的に描いている点で、同じ世界を共有している。
二人ともに革命によって祖国を追われ、亡命先の西欧世界にあっても、あくまでもロシアの伝統を守った点が共通している。しかし二人の音楽は実際には非常に対照的である。ラフマニノフが息の長い旋律によって雄大なロシアを哀愁と共に描くのに対して、メトネルは繊細なリズムと音色の変化によって、詩に描かれている心の機微を憎らしいまでに突いてくる。メトネルの歌曲のピアノ伴奏に見られる、一見捕らえどころのない不安定な音符のきらめきは、総体として詩に歌われている感覚の世界を浮かび上がらせる。
同じくモスクワ音楽院の出身で、チャイコフスキー・コンクールの覇者として、もっとも正統的な形でロシアのヴィルトゥオーゾ・ピアニストの流れを汲むベレゾフスキーが、これら二人の大先輩作曲家に共感し、その音楽に拘るのは当然であろう。なかんずく、比較的顧みられる機会の少ないメトネルに心を動かされ、その音楽に共通の世界を感じ取るのは理解できる。加えてサヴェンコというモスクワ音楽院出身で、目下イギリスに居を定めて国際的なオペラ舞台で大活躍しているバス・バリトンが、初心に返って祖国への共感を歌う。その上に、すでに誰一人知らぬもののいない夢のカウンターテナー、スラヴァの競演である。考えるだけでも、胸が躍る。
森田 稔(宮城教育大学名誉教授)
一口メモ
メトネル(1879〜1951)
近年、急激に評価が高まっているロシアの知られざる大作曲家。
終生にわたりラフマニノフと親友で、同門にスクリャービンがいた。
亡命後、ラフマニノフはアメリカで、メトネルは英国で活動した。
あくまでもロシアに根ざした自分の音楽を貫いた人。 |
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ボリス・ベレゾフスキー Boris Berezovsky (ピアノ/Piano)
「偉大なるロシア・ピアニストたちの最も真正な後継者である。」(グラモフォン誌)
1969年にモスクワ生まれ。モスクワ音楽院でエリソ・ヴィルサラーゼに師事し、アレクサンドル・サッツにも指導を受けた。1988年にウィグモア・ホールでロンドン・デビューを飾る。2年後の1990年にチャイコフスキー国際音楽コンクールで見事に優勝した。
ベレゾフスキーは、ソリストとしてフィルハーモニア管、ニューヨーク・フィル、フランクフルト放送響、ハンブルグ北ドイツ放送響、フランス国立管他と定期的に共演している。
ベレゾフスキーはまた、ベルリン・フィルハーモニック・ピアノ・シリーズ、コンセルトヘボウ、ヴェルビエ・フェスティバルなどを含むシリーズや世界中の音楽祭に定期的に参加している。また、ワディム・レーピン、アレクサンドル・クニャーゼフ、ジュリアン・ラクリン、ラルフ・キルシュバウム等と緊密なパートナーシップを築いている。
テルデック、ワーナー・クラシックス、Mirareレーベルから多数の録音をリリースしており、ドイツ・レコード批評家賞、ディアパソン金賞、RTL金賞、BBCミュージック・マガジンの2006年度最優秀賞を受賞している。
2006−2007シーズンは、サラステ指揮オスロ・フィルのツアー、ミュンヘン・フィル、ナント、ビルバオ、東京の「ラ・フォール・ジュルネ」他に参加。2007年の1月8日から18日には、内容を任されるという白紙委任状を手に、他に例を見ない7回のコンサートを行い、ワディム・レーピン、アレクサンドル・クニャーゼフ、ブリギッテ・エンゲラー、諏訪内晶子らと共演した。
スラヴァ SLAVA(カウンターテナー/Countertenor)
[本名:ヴァヤチェスラフ・カガン・パレイ/Vyatcheslav Kagan-Paley]
1964年ベラルーシに生まれる。ベラルーシ州立音楽院入学。バイオリンを学ぶと共にベラルーシ・アカデミック・カペラにて声楽を修める。1987年レニングラード・フィルハーモニーによるシューマンの「レクイエム」でソプラノのソリストとしてデビューを果たす。スラヴァのユニークで美しい歌声、そのアーティスト性と音楽性は広く世に評価されることとなり、The Oppenheimer Charitable Trust を受賞するにいたった。
その後、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校に4年間在籍。1992年同校のオペラ・ステージにて、ベンジャミン・ブリテン作「真夏の夜の夢」のオベロン役を演じ、多くの批評家から絶賛を浴びた。その後もリヨン・オペラで世界初演となったケント・ナガノ指揮のオペラ「三姉妹」の次女マーシャ役など、オペラやリサイタル活動を意欲的に行い絶賛を浴びる。1994年11月のロンドンでのベレゾフスキーとのデビュー・リサイタル以降、The Time は彼の歌声を「声のダイヤモンド」と表現するようになった。
1995年にビクター・エンタテインメントからのアルバム『アヴェ・マリア』で日本デビューを果たしヒーリング・ブームの先駆者的存在となる。現在『アヴェ・マリア』は30万枚を超える大ヒットとなり、2ndアルバム『ヴォカリーズ』は第11回ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム部門を受賞。2001年11月にはアルバム『トリニティー』をリリース。
ヴァシリー・サヴェンコ Vassily Savenko(バス・バリトン/Bass Baritone)
モスクワで生まれ、モスクワ音楽院に入学。ムソルグスキー・コンクールとリセンコ・コンクールで優勝し、生国のウクライナやモスクワのボリショイ・オペラ、ペテルブルクのキーロフ・オペラを含めたロシアの主なオペラ・ハウスに出演、キーロフではゲルギエフ指揮の「オテロ」でイヤーゴを演じている。
90年代の初めに英国に移住し、1994年にロンドンのウィグモア・ホールにデビュー、声楽シリーズ「ロシアン・イメージ」を開始し、「非常に大きく、非常に暗く、非常に深い声‐メトネルとラフマニノフは忘れがたい」と絶賛された。英国での特筆すべきリサイタル・シリーズとしては「ラフマニノフとメトネル」、ボリス・ベレゾフスキー共演の「ロシアン・ホライズン」と「音楽の中のプーシキン」がある。
コンサートの舞台での世界初演としては、デイヴィッド・マシューの「冬の情熱」、ユーリー・カスパロフのモノ・オペラ「ネバーモア」他がある。
英国オペラ界では「スペードの女王」のトムスキー、「マゼッパ」のタイトル・ロール、「エフゲニー・オネーギン」のタイトル・ロールとグレーミン公爵、「イワン・スサーニン」のスサーニンなどのロシア・オペラを中心に、またヨーロッパではジェルモン、イヤーゴ、スカルピア、エスカミーリョ、それにモーツァルトの生誕250年記念にオーストリアで騎士長を歌っている。
CDはハイぺリオン、トリトン(「メトネルのロマンス」)他からリリースされている。
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