ドミンゴ・パヴァロッティ・カレーラスのいわゆる「世界三大テノール」は、クラシック・ファン以外にも広くオペラ歌手の声の魅力を知らしめる絶大な効果があったと思う。そのせいか、世の中はその後継者を求めて若きテノールのスターを求めてやまないようだ。まだ何光年も遠くで星の素(?)の爆発が起きたぐらいの時から、すわ、「大きな新星誕生か?!」と期待を込めて空を見上げる日々が続いている。そんな昨今、大きな星々が雄大に輝き始めたのが、バス&バリトンの低音分野ではないだろうか。それを証明するかのように、今回のMET日本公演には声の魅力はもちろん、その知的な美しさ、スターの輝きがまさに“ビューティフル”なバス&バリトン達が出演する。
筆頭はやはりディミートリー・ホロストフスキー。プラチナの輝きを放つ髪、甘いマスク。2003年のマリンスキー・オペラ日本公演で演じた《エフゲニー・オネーギン》の題名役や、《戦争と平和》のアンドレイ役でメロメロになった方もすでに数多いはず。その華麗なルックスで一瞬にして観衆を惹きつけ、甘く包み込むようなロシアン・ヴォイスで心を溶かすのが彼のやり方。今回歌う《椿姫》の父親ジェルモン役は、ヴェルディの名調子に乗せて彼の魅力が堪能できるはずである。ところで彼の素顔は、実はクールな外見を裏切る明るく陽気な性格。彼のリサイタルを聴いた方ならご存知かもしれないが、舞台上でも時に茶目っ気たっぷりである。時にはナポリ民謡まで歌ってしまう彼は、まさに、「三大テノールみたいなスター」を求める心にマッチする存在であろう。
彼と対を張るのがルネ・パーペ。旧東ドイツ圏のドレスデン出身の彼は、少しニヒルで一癖あるタイプの格好よさをかもし出している。すでに’97年、’01年の過去2回のMET日本公演に、コンサートのみであったが参加している。当時、もしかしたら少し地味なイメージがあったかもしれないが、とんでもない。今では風格漂うスターに変貌している。昨年4月にMETでプレミアを行ったグノーの《ファウスト》題名役では、モビルスーツのような衣裳でムキムキの肉体を誇るセクシーな悪魔を演じていた。そしてその声の素晴らしさには皆呆然。通し稽古時に客席にいたドミンゴ夫人も絶賛の出来に、一見通好みかと思われたパーペが、王道のスターに駆け上った瞬間を目のあたりにした気がした。これぞバリトンという感じの深みのある声と、彼の得意な演技の冴えを、今回は《ワルキューレ》のフンディング役(悪役)と、《ドン・ジョヴァンニ》のレポレッロ役(コミカルな役)の2タイプで堪能できる。
そして若手のドン・ファン、アーウィン・シュロット。ウルグアイ出身でイタリア在住と、北の香りの前述2人とは違ったラテン男である。一昨年までは、《ドン・ジョヴァンニ》でもレポレッロ役の方が多かった彼だが、昨年、一気にドン・ジョヴァンニ役で大ブレイクした。イタリアはトリノ王立歌劇場で2月、フィレンツェの5月音楽祭、そして10月にはジェノヴァ・カルロフェリーチェ劇場と、1年間に3つの違うプロダクションで同役を成功させたのだ。共演者にはバルバラ・フリットリやマリア・デヴィーアがおり、指揮者もメータ他の名前が並ぶ、超一級の公演ばかりである。本場イタリアの3つの歌劇場、3人の演出家がそれぞれ彼を指名したということは、今まさに旬のドン・ジョヴァンニ歌いの証明であろう。その彼を’06年日本公演に合わせて確保した、METのキャスティング担当はやはり凄腕なのだ。情熱的なドン・ジョヴァンニの日本上陸が今から楽しみな存在である。
このような新世紀のスター達、スリー・ビューティフル・バス&バリトンズにぜひ注目いただきたいのだが、もう一人、忘れられないのがジェームズ・モリス。なんと’88年のMET日本公演にすでに来日しているが、METのヴォータンはやはりこの人しかいない。スポーツを愛し、家族を愛するアーティストの彼はチャーミングな男だが、《ワルキューレ》の最後で一人寂しく、燃え上がる岩山に立ち尽くす姿は、神の風格と哀しさを同時に湛えている。”格好いいオヤジ”という意味では、今最もウケるキャラクターなのかもしれない。あと4ヶ月に迫ったMET日本公演、今だかつてない、ゴージャスな男達の競演をお見逃しなく!
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